インドネシア西カリマンタン州シンカワン市は「Kota Seribu Kelenteng」（幾千もの寺院のある町）という異名がつく、カリマンタン島（ボルネオ島）西部の地方都市である。その名の通り、赤やピンク、緑など極彩色で彩られた中国寺院があちこちに見られる。一般家庭の庭には、天公を祀る祭壇が作られており、19世紀中国より持ち込まれた民間信仰が息づいていることが感じられる。

図１　シンカワン市のランドマーク的存在―中央伯公廟 右奥に大モスクが見える。

図２　ショップハウス形式の建物が立ち並ぶ

時に家屋や寺院の内外に、黒や赤、黄色で彩られた祠が設けられていることがある。先住民族であるダヤック族風の人物が描かれた肖像画とともに壺が置かれていて、中国や台湾でポピュラーな神々や、中国名をもつ現地の神々とは趣を異にしている。

図３　家庭内の祭壇 祖先の位牌は祀られておらず、神々が祀られている。

図４　家庭内のラトッの祭壇と供物 ラトッが好む菓子やお香が供えられている。

聞けば、「ラトッ」を祭る祭壇だという。ラトッとは、華人を取り巻く周辺民族のダヤック族やムラユ人を起源とする精霊だそうだ。ラトッを祀る祭壇には、白い蝋燭にクメニャンという安息香と、ラトッの好物であるクエ・チュチュールという編笠型の菓子が捧げられている。
近年、このラトッに憑依される若者が増えているという。ある人は、1960年代以降、断続的に続いている民族紛争の犠牲者の霊魂が人間界に漂っており、それがラトッなのだという。その真偽は確かめようもないが、西カリマンタンの民族関係が華人の民俗宗教に大きな影響を与えていることは確かなようである。