Home 研究資源 研究奨励賞 2018年度 日本華僑華人学会研究奨励賞選考(単行本部門)に関する報告

2018年度 日本華僑華人学会研究奨励賞選考(単行本部門)に関する報告

2018年度の「日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)」は、研究奨励賞選考委員会の厳正な選考の結果、下記の理由に基づき、理事会にて受賞者が決定されました。

 

[受賞者と対象作品易星星]

「南洋における中国旅行社のネットワーク展開と華僑華人(1937-1945年)」『華僑華人研究』第14号

 

〔授賞理由〕
本論文は、日中戦争期(1937年‐1945年)を中心に、中国旅行社がシンガポール、仏領インドシナ、英領ビルマ、米領フィリピンなど現在の東南アジアにあたる地域において展開していったネットワークの全体像とその意義を明らかにした力作である。中国旅行社は、1923年に上海商業儲蓄銀行の旅行部として発足し、後に独立した民間企業である。近代中国最大の旅行会社であったにもかかわらず、従来、一次史料を用いて具体的に解明されることはなかった。本論文は、上海市?案館が所蔵する中国旅行社本社?案資料や同社が発行していた『旅行雑誌』、さらには創業者や社員の日記、回想録を丹念に調べ、同社の東南アジア地域における事業展開を跡付けている。

 

特に、日中戦争の勃発と日本軍の南進により、時々刻々と変化する情勢に対応して、中国旅行社が東南アジアにおける経営拠点を移しながら、本来の旅行業務で培った東南アジアにおけるネットワークを利用しつつ、日中戦争期において困難に直面していた中国―東南アジア間の中国人・華僑華人の移動の便宜を図ったことや、同社が東南アジアの華僑華人の重慶国民政府支援の窓口となっていた点も明らかにしている。本論文は、中国旅行社という仲介業者に焦点を当てながら、東南アジアの華僑華人のヒト、モノ、カネの動きを包括的に捉えようとしており、中国近現代史における東南アジアの華僑華人の活動の一端をとらえたユニークな論考である。

 

一方、本論文には課題も残されている。上海商業儲蓄銀行がどのような性質の銀行で、その事業内容のどの部分が同旅行社に継承されていったのかという点について、より詳細な説明があれば、同旅行社の特殊性が理解でき、たとえば重慶国民政府への武器輸送に携わったことの意義や目的が明確になり、より説得力のある論文となったように思われる。

 

このように、課題は残すものの、中国旅行社が中国人に向けて旅券や査証の代行申請サービスを提供したことは、政府の機能が低下したとき、あるいは政府がもともと機能を有しないときに民間組織が行政的な役割を代行するという中国の歴史的パターンが示されていて興味深い。また、英領ビルマにおいて輸出入を扱うラングーン華商と中国旅行社が競合していたという事実は、国民政府と関係をもちつつ中国から進出してきた中国旅行社と東南アジア現地の華僑華人との複雑な関係を示唆している。本論文は史実の解明だけではなく、東南アジアの華僑華人と中国との繋がりを考えるうえで重要な論点を呈示しており、大いに評価したい。 以上のことから、易星星氏に2018年度日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)を授与することを、日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会による厳正な議論を経て、推薦する次第である。

                    2018年10月5日

日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会

曽士才(委員長)、北村由美、村上衛、李正熙

(文責: 曽士才 研究奨励賞選考委員長)